会いたくて震えるのは西野カナさん、そして会いたくて車を走らせるのは私・渡辺佳菜――。
と、やや強引に始まりますが(笑)、どうかそのまま読み進めていただければ嬉しいです。
今回のブログでは、私がこのひと月ほど何を考え、どんな気づきを得たのかを、正直にお話しします。
「メンタル強化合宿中!」とまで言わざるを得ないような出来事が起きたのはどうしてなのか? そして、その中で私が見つめ直したこととは? もし今、心がモヤモヤしている方がいるなら、何かヒントになれば嬉しいです。ぜひ最後までお付き合いください。
約一ヶ月メルマガを休んだ理由
2025年が始まって、気づけばもう2月。私が毎日のように配信していたメルマガを一時ストップしていたことに気づいた方もいらっしゃるかもしれません。
その期間は、およそ1ヶ月ほど。なぜそんなに長いあいだお休みをとったのかというと、「自分自身と向き合う時間をじっくり確保したかった」からです。
私は普段、会社を経営しながら日本全国を飛び回るような生活をしています。訪れた先々でたくさんの方と出会い、一緒に何かをつくり上げたり、新しいプロジェクトを立ち上げたり――そんな躍動感にあふれた日々を送っています。
でも一方で、動き続けていると自分が本当に望んでいることを見失いそうになる瞬間もあるんですよね。
「私はいま何をしたいんだろう?」「このまま突っ走って大丈夫かな?」といった問いを、自分の心にちゃんと聞けなくなってしまう。
だからこそ、あえて休息の時間をつくって立ち止まりました。カレンダーを見れば予定だらけで、それをすべてキャンセルするわけにはいかないのですが、どうにか調整して少しだけペースを緩めてみたんです。
「自分が本当に大切にしたいものを、はっきり認識しておきたい」。そんな思いが強くなったのが、メルマガお休み期間を決めた一番の理由でした。
注目される立場だからこそ感じたモヤモヤ
そしてもうひとつ、私が立ち止まって考えたきっかけがあります。それは「公人」という立場になったからこそ、突然投げかけられた言葉に心がざわついたことです。
ちょっと可愛いと思って調子に乗ってんじゃないよ
この言葉は、仲のいい友達同士の冗談でさえ聞き流したくないほどキツいものですが、私とはさほど親しくない方から、唐突に浴びせられました。とても残念だったのは、「言われる理由がまったく見当たらない」ということ。ジョークですらない、悪意にも似た言葉を、何気なく口にできてしまう人が世の中にはいるのだと痛感しました。
そのとき私の中に広がったのは、「自分のことをそんなふうに見られているのか」という戸惑いと、「こういう言葉をさらっと放ててしまう社会って、どうなんだろう?」という大きなモヤモヤです。
単純に「嫌な気分になった」ということ以上に、「私がいる場所は本当にここで合っているのかな?」と自問自答するきっかけにもなりました。
「嫌」と言えない苦しさ
一番つらいのは、こうした言動に対して「それは嫌です」と素直に言えない自分がいる、ということです。大人の対応をとろうとして、笑顔を作ってやり過ごす。傷ついていないフリをして、「まあ、こういうこともあるよね」と心の中でやり過ごす――。そんな経験、皆さんも一度はあるんじゃないでしょうか。
でも実際、それを繰り返すたびに胸がちょっとずつ苦しくなるんですよね。自分の本当の気持ちを押し込めてしまうと、「自分を守るべき一番の味方」であるはずの自分自身をどこかで裏切っているような、そんな感覚に苛まれます。
私は今まさに「メンタル強化合宿中!」と自分に言い聞かせながら、嫌な言葉や態度に対して自分の気持ちをどう扱うか、試行錯誤しているところです。
ただ、これも「自分がどうしたいのか」を見つめ直すチャンスだと受け止めています。言われた瞬間はもちろんツラいけれど、「どうしてこんなにしんどいのか」「どうすればここから抜け出せるのか」を考えることで、次のステージに進む糸口を見つけられるんじゃないかなと。
自分の本音を大切にしてほしい
もし、このブログを読んでくださっているあなたが、同じように「嫌だ」と言えずに苦しんでいるとしたら、どうか自分を責めないでください。周りに合わせることは社会生活を円滑にする一つの方法かもしれませんが、同時に、あなたが感じている違和感こそが大切なサインでもあります。それを無理に押し殺してしまうと、きっと自分らしさがどこかに行ってしまう。
私もいつも「自分らしさを大事にしよう」とは思っているのですが、仕事の関係や人間関係など、どうしてもそうできない場面ってありますよね。でもそんなときこそ、「一番大切にするべきは自分の気持ちだよ」と自分に言い聞かせています。もし、それが難しい環境にいるのなら、あなたには絶対に逃げる権利があります。あるいは声を上げる権利があります。一人で抱え込まずに、信頼できる人に相談するのもひとつの方法です。
もしかしたら誰も味方になってくれないんじゃないか、と不安になることもあるかもしれませんが、ここではっきり言わせてください。私はあなたの味方です。顔が見えなくても、山梨の富士の麓から「大丈夫だよ、その違和感は本物だよ」とずっと応援しています。
言葉の暴力は私たちを変えない
最後に、私がいま強く思っていることをシェアしますね。「可愛いと思って調子に乗ってる」という言葉は、直接的にせよ間接的にせよ、明らかな暴力だと思います。少なくとも受け取る側にとっては、その一言で気分が重くなるような、攻撃性を帯びた言葉だからです。
でも、そんな暴言に負けるつもりは全くありません。言葉に傷つくことはあるし、凹むこともあります。でも、その言葉によって私の価値が下がるわけでも、私が進む道が消えてしまうわけでもない。むしろ、そういう言葉をきっかけに「もっと自分を強く持とう」と決意を新たにできるかもしれない、と今は考えています。
無論、すべてをポジティブに転換するのは難しいし、ときには愚痴だってこぼしたくなります。でも、一人で抱え込まないでください。
私だって、友人や家族に話を聞いてもらいながら、何とか次の一歩を踏み出す勇気をもらっています。周囲の温かな言葉や行動によって、どれだけ救われるか分かりません。あなたも、信頼できる誰かに頼ってみてほしいなと思います。
まだまだお伝えしたいことはたくさんあるのですが、長くなってしまいましたので、今回はこの辺りで締めようと思います。ここまで読んでくださった方に、心から感謝します。
次回も、少しでも前を向くヒントや、あなたらしくいられるメッセージをお届けできたら幸いです。いっしょに、言葉の暴力に負けず、自分らしさを守り抜いていきましょう。いつも本当にありがとうございます。